
店長評価に燦然と並ぶ「SSSS」。その四つのSは、長いあいだこの店のホームページを追い続けてきた私にも、かつて一度も見たことのない栄誉だった。にもかかわらず、彼女の写真は二か月を過ぎた今も “未登録” のまま。わずかな文字情報だけで、予約掲示板は連日「満」の文字が埋め尽くされる。
――この直観は、きっと外れない。もし幻滅するのなら、吉原そのものに別れを告げよう。そんな賭けにも似た決意で、私は彼女の待つ部屋へ向かった。
転機は「容姿端麗で、素人の気配を残した女性と出会いたい」という一心だった。プロの技より、まだ日向の匂いを残した花へ――。ルピナスは “ソフトサービスでしっかり稼げる” という、女性目線での好条件が整う稀有な店だ。そこへ “まいか” という名の花がひっそり咲いた。
当日病欠で会えなかったあの日から、私は爆サイの書き込みを覗き、ただ一語「塩顔」に胸をざわつかせた。だが扉が開いた瞬間、迷いはすべて溶けた。
そこに佇んでいたのは、吉原に集う男たちの夢をひとつに結晶させたかのような存在――古代ギリシャの高級娼婦〈ヘタイラ〉の末裔と呼ぶにふさわしい気高さと、今にもこぼれ落ちそうな桜の花びらのような儚さを併せ持つ女性だった。
会話を重ねて驚いた。地元が同じという縁から、育ちや学歴にも触れたが、彼女は単に“稼ぐため”にここへ来たのではない。昼の世界でがんじがらめになるには、あまりに純粋で、思索を愛し、他者の言葉を深い懐で受けとめる教養人だった。
私の結婚詐欺未遂の顛末にも耳を傾け、頷き、時に穏やかな微笑みで労わる。聞くことは愛だ、と言うが、彼女の静かな眼差しはその証明だった。
――なぜ彼女ほどの花が、この“どぶ川”に身を置くのか。
それはきっと、世の男たちの欲望がつくり出した濁流の中で、なお泥を清めるかのように、ひときわ凛と咲く蓮の花だからだ。
*
夜が明け、私はどうしようもない焦燥に包まれた。左目の下には深い隈、首は強張り、心も身体も眠りを拒んだまま。脳裏に焼きつくのは、別れ際に見せた彼女のかすかな翳り――かつて身売りされ、遠い東北から流れてきた若い女郎の影を思わせる、悲しくも美しい横顔。
守りたい。けれど独占したいだけの身勝手な愛では、彼女の自由を奪う。
もし次に会えば、毎回八万円が羽ばたいて消え、私は再び “ガチ恋の地獄” を味わうだろう。
――私は蓮でありたい。濁流に流されず、しかし泥をも拒まずに咲く花でありたいのだ。
わずか一二〇分。あの時間は、枯れかけた青春をふたたび澄んだ色に染め上げた。
その代価に払った紙幣は、木の葉より軽い。だが、彼女の孤高の美しさが呼び起こした感情の重みは、私の余生を静かに照らし続けるだろう。
まいか――吉原ルピナス、夜空にひとつだけ揺れる幻の花。
もう二度と会わないと誓いながらも、私の胸の奥で、花は今も静かに香り続けている。
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