
映画『ノーアザーランド』は、故郷の土地を守るために命を懸ける人々の姿をリアルに映し出した衝撃のドキュメンタリーだ。私たちは日々スマホを手にし、世界中で起きている悲劇を目の当たりにしているが、どれほどの人が本気で心を動かされているのだろうか? 映像が武器となった現代においても、無関心という「冷酷さ」は、かつてないほど露骨になっている。
『ノーアザーランド』では、パレスチナとイスラエルの紛争のリアルな実態が暴露されている。イスラエル軍の兵士がカメラの前では冷静に振る舞う一方、隠し撮りでは無抵抗な市民に銃を向ける恐ろしい現実が描かれている。一瞬の銃撃で一家が破壊され、洞窟のような場所で生き延びるしかない人々がいるという現実に、私たちはどれほど目を向けているだろうか。
さらに衝撃的なのは、こうした紛争地帯でもスマホやインターネットが存在し、私たちと簡単につながることが可能になっているという事実だ。遠い異世界の話ではない。同じ地球上に、SNSで交流可能な人々が命の危険にさらされながら生きている。この矛盾が、現代社会の奇妙さを浮き彫りにしている。
この映画は、人類の歴史が「憎しみの連鎖」で織り成されてきたことを改めて突きつける。植民地時代の欧米による搾取や、ナチスドイツのユダヤ人虐殺、そして広島・長崎への原爆投下という悲劇まで、人類の歴史は強者が弱者を踏みにじり、自らの都合で歴史を書き換えてきたものだ。
「悲しみを知る者は優しくなる」という幻想を映画は打ち砕く。かつて迫害を受けたユダヤ人が、現在はアメリカの後ろ盾を得てパレスチナ人を攻撃している。私たちが「被害者」や「加害者」を単純に決めつけることの危険さを、この映画は鋭く指摘する。
この映画で主人公が撮影した映像は、アカデミー賞ドキュメンタリー作品賞を獲得した。映像の力が政治や世論を動かすことが証明された瞬間だ。トランプ元大統領がガザ地区を揶揄する映像を流し世界のひんしゅくを買う一方で、この映画がオスカーを獲るアメリカという多面的な国家の現実もまた浮き彫りになっている。
そして、S&P500に資産のすべてを投資している私としては、アメリカの健全性と覇権が続くことは非常に喜ばしい。しかし反対に、日本はどうだろうか?衰退と停滞が止まらない。政治家たちのニュースを見るにつけ、この国の未来に絶望すら感じる。私たちはこのまま退屈で衰退する国に埋もれていくのか?
「誰にも干渉されたくない、自分のやり方で幸せになりたい」。それが本音だろう。しかし、この映画が訴えるように、私たちは目を背けてはいけない現実がある。自分の世界だけに閉じこもるのではなく、世界の悲劇に少しでも目を向けることが、真の幸福への一歩なのではないか。
あなたも『ノーアザーランド』を見るべきだ。この世界の「真実」を知るために。
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