40代の本能と遺伝子の叫び——性と生命の交差点

昨日、「精子提供」について書いたが、書いていて自分の中に眠っている本能に気づかされた。結婚を諦め、ほっとする反面、脳の奥深くに刻まれた「遺伝子を残せ」という命令が、私を性の奴隷へと追い立てる。まるで操り人形のように、マスターベーションにふける日々だ。

図書館での出来事も、その一環だった。隣で勉強している女子高生に目がいくたび、抑えきれない欲望が湧き上がる。トイレに駆け込み、ただひたすらに自分を慰めるしかなかった。40歳を過ぎても、まるで嵐のような衝動に振り回される自分がいる。青年期の「疾風怒濤」ではないが、この歳でも心はまだ吹き荒れているのだ。

NHKオンデマンドで観た、精子バンクを創設した男のドキュメンタリーも、そんな私の思考に新たな火をつけた。マラーという科学者は、ハエを使った遺伝の研究をしていた。突然変異で目が白いハエを作り出すために、何度も実験を繰り返し、ついには紫外線を照射することで、常に白い目のハエが生まれることに成功した。この発見は、遺伝子がモノとして扱えることを証明する一歩となったのだ。

今や精子卵子を組み合わせて「エリート」を創り出す時代。特に中国は、その最前線を走っている。人と猿の細胞を混ぜた「キメラ胚」を培養するなど、倫理を超えた実験が行われている。将来、優秀な遺伝子を持つ国が世界を席巻する日も遠くないのかもしれない。

生命を「モノ」として扱うこの世界。サラブレッドの世界でも、名馬を誕生させるために多くの馬が犠牲になっている。1%の成功者の陰で、残りは動物園の餌や馬油として消費されてしまう。そんな現実に直面し、ふと、スーパーの棚に並ぶ商品たちが、かつてどこかで生きていた命であったことに気づかされる。生きるためには何かを殺さなければならない、その事実が人間の生の根源的なむなしさを生むのだろう。

心を打つのは、YouTubeで見たサラブレッドの別れのシーンだ。母親から引き離される仔馬の姿に、命の儚さと、私たちが生きる現実の残酷さを感じざるを得ない。

この記事は、孤独や遺伝子の衝動に苦しむ現代人にとって、きっと共感を呼ぶ内容です。あなたの感想をお待ちしています。

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この記事を書いた人

大日如来参上のブログへようこそ。ここでは、性の本質、結縁の道、聖地巡礼、社会の問題、舞台や映画のレビュー、そして智慧の書など、多様なテーマを通じて、内なる美と智慧を探求します。
私は、衆生の心の美を見つめ、その内なる光を見出す手助けをしています。
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