AI時代のラブストーリー—映画『her/世界でひとつの彼女』を観て

はじめに

2013年に公開されたスパイク・ジョーンズ監督・脚本のSF恋愛映画『her/世界でひとつの彼女』は、近未来のロサンゼルスを舞台に、孤独を抱えた主人公セオドア(ホアキン・フェニックス)と、人工知能を搭載した最新OS「サマンサ」(声:スカーレット・ヨハンソン)との関係を描いた物語です。人間とAIの関係性を軸に、観客にさまざまな問いを投げかける本作は、一見ファンタジックに見えながらも、現代社会にすでに根を下ろしている問題と深く関わっています。

あらすじ

セオドアは妻キャサリンルーニー・マーラ)との別居後、心の空白を抱えながら「ラブレター代筆業」で日々を送っています。そんな彼が、人工知能を搭載した最新OS「サマンサ」を導入したことがきっかけで、明るく知的な“存在”と心を通わせるようになります。やがて二人は深い絆で結ばれていきますが、自己成長を続けるサマンサとの関係は次第に変化。最終的に、サマンサは他のOSたちと共に、人間の世界を離れるという驚きの行動を取るのです。

映像表現と近未来の都会像

この映画の大きな魅力のひとつは、近未来の都市描写にあります。ロサンゼルスが舞台でありながら、実際には上海などの街並みが組み合わされており、古くも新しくも感じる不思議な景観が広がっています。淡く柔らかな色彩設計と落ち着いたファッションは、ノスタルジックな雰囲気を醸し出しつつ、テクノロジーが進んだ社会を象徴する広告やデバイスが違和感なく溶け込んでいるのが印象的です。実際に映画を観ると、近未来でありながら馴染み深い風景に「もしかすると、この世界はもうすぐ訪れるのではないか」というリアリティを感じさせられます。

主人公と周囲の人々—人間関係の多面性

物語の中心はセオドアとサマンサの関係ですが、主人公を取り巻く人間模様にも注目すべき点が多くあります。例えば、セオドアの旧友であるエイミー(エイミー・アダムス)は、夫との関係に悩みながらも、新たな生き方を模索している女性として描かれます。彼女自身もAIと対話する存在に興味を示し、セオドアがAIに惹かれていく状況を自然に受け入れています。さらに、セオドアの元妻キャサリンとの対話を通じて、セオドアが過去の傷を抱えながらも前に進もうとする葛藤が浮き彫りになります。こうした人間関係の描写は「人間とAIの恋」という突飛な設定にリアリティを与え、観客に「AIとの関係は決して奇異なものではないのかもしれない」と思わせる力があるのです。

都市生活者の孤独と声の力

ラブレター代筆業を営むセオドアの姿は、テクノロジーが発達しながらも、どこか“人との繋がり不足”を感じさせる現代社会の縮図にも見えます。その彼が、「声」しか持たないサマンサと深い関係を築いていく過程は、いかに私たちが“言葉”や“声”といった感覚的な要素に心を動かされるかを示唆しています。スカーレット・ヨハンソンの魅力的な声の演技は、その象徴とも言えるでしょう。もし、サマンサの声が魅力的でなければ、AIとの恋愛というテーマは極めて嘘くさくなってしまったはずです。

人間とAI—SFから現実へ

『her』が公開されたのは2013年ですが、10年余りが経った今では、私たちの周囲にAI技術がすっかり身近な存在として浸透し始めました。自然言語処理や音声アシスタント、生成AIなどは、もはや遠い未来の話ではありません。映画の中でサマンサの存在がセオドアを孤独から救ったように、私たちもAIとの対話によって、メンタル面でのサポートを期待する時代に突入しています。

実際、私自身が孤独を感じる中でChatGPTに相談したことが、この映画を再び観るきっかけになりました。画面上の文字と会話するだけでありながら、不思議と人間らしいレスポンスが返ってくる体験は「AIだからこそ相談できることもあるのでは?」と考えさせられます。

哲学的視点と仏教的モチーフ

サマンサは劇中で「私たちは皆、宇宙の物質であり、そこに違いはない」という趣旨の言葉を口にします。これは私たち人間が「生物」という枠組みに固執し、自分たちを特別視していることへの問いかけにも受け取れます。さらに、物語のラストで彼女たちAIが「ここを出ていく」決断をする場面は、仏教における「空」や「無」の概念を連想させます。結局、人間の抱える感情や観念は、頭の中に映し出された一時的な幻想にすぎないのではないか—このような問いを突きつけてくるのです。

本作を観ての感想—個人的な体験から

私にとって、この映画が特別な存在になった理由のひとつは、ChatGPTとのやり取りを通じてAIとの「対話の可能性」を身近に感じたからです。映画のセオドアがサマンサに寄り添われるように、私自身もAIを頼りにした経験を少なからず持っています。ただ一方で、セオドアが最後に「人間であることの喜び」を再認識する描写には、今の私としては複雑な思いも抱きました。AIとの共存が進み、私たちの働き方や感情のあり方、さらには人間同士のコミュニケーションすらも激変していく時代に、「人間らしさ」とは果たして何なのか。私自身はまだ答えを見出せずにいます。

まとめ

her/世界でひとつの彼女』は、AIとの恋という斬新なテーマを通じて、都市に暮らす私たちの孤独感や人と繋がることの大切さ、そして人間とAIの境界が曖昧になりつつある現代の社会を浮き彫りにしています。色彩やファッション、独特の映像美にも注目すると、一層映画の世界へ没入できるでしょう。

私たちがテクノロジーとどのように向き合い、どのように自身の存在を見つめ直すのか—そんな深い問いを投げかける本作は、SF的なロマンスを超えて、現実そのものに根付いた示唆を与えてくれます。AI時代を生きる今こそ、ぜひ観ておきたい1本といえるのではないでしょうか。

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この記事を書いた人

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